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魯山人の書いた本を読んだことがあります。マジ海原雄山だったので笑いました。
千利休にしろ古田織部にしろデザインやテーマを考案してもお抱えの陶工に作らせていたのに自分で作っていたとはなぁなかなかいないぞ。
彼が若い頃、1度だけ母に会いに行くんだけどつれなくされてしまうんだよ、辛かっただろうね。
魯山人の生い立ちを初めて知りました。魯山人シリーズを楽しみにしております。
上手く表現出来なくて申し訳ないが、雁屋哲は美味しんぼの連載当初、「旧世代の権威」の象徴として北大路魯山人をモデルとした海原雄山を、そして「権威に反抗する新世代」の象徴として自身をモデルにした山岡士郎というキャラクターをそれぞれ考案したのかなあと思っている。皮肉なことに雁屋氏が歳を経るにつれ自分自身が「権威」になってしまい山岡が頑迷固陋なキャラに変貌しているという。栗田さんとの新婚生活で栗田さんの料理にいちいちケチをつける山岡はそれがかつて自分が憎んだ父親と同じことをしている事に気がついていたのだろうか。
それも含めて読者に問いかけたのかと思います。奥が深い漫画だ。
ただ単に雁屋哲が年を取ったことで自己投影の対象が士郎から雄山に変わっただけではないでしょうか。そして雄山ではできない「お茶目でひょうきん者」のキャラクターは同じく作中で異常にひいきされている富井が担っているというわけで。「業務命令だ」の一言で表せられる、大原をはじめとした上司たちの労働基準法を無視したパワハラ描写が増えだしたのが証拠です。ここからは推測なのですが、団社長が登場してからの士郎が周囲からのサンドバッグになり下がったのは、雁屋が子供たちと何かしらの埋められない溝が出来てしまったか、掲載誌のメイン読者の世代に対するヘイトを募らせていったかあるいはその両方なのか…という見方もできます
そして、権威に堕ちて鼻血で風評被害を振り撒いた、と。
昔 北大路魯山人 著作「星岡」の中に「だしの取り方」を読みました。90年前は上級レベルの内容であったが 今では中級レベルでしかありません。まぁ鰹節は格段に進歩しているから仕方がないが。
今でも関西の鰹節の出汁の取り方は中級レベル以下です。関西は素材の低さを出汁で補うのに対し関東は出汁は素材を活かし素材の良さを味わうためにあります。
なるほど、こうして説明されると海原雄山ですね。これまで自分は、唐山陶人が魯山人のポジションだと思ってました。
登録しました😊
美味しんぼファンです。”魯山人風すきやき”を見て、こちらの配信に来させていただきました。ますます”美味しんぼ”ファンになりました♪ありがとうございます!!!
言う
この人が実際にやっていたすき焼きの食べ方は「ネットで出てくる魯山人式すき焼き」とは多少異なり、まず割り下で肉を少量焼いて食べ、次に他の具材を少量焼いて食べ、それが済むと一旦その材料の旨味の出た割り下を「ぜんぶ捨てて」、新たに鍋に割り下を入れて同じ食べ方を繰り返す、ということをやっていました。わたしからしたら噴飯ものの道楽者ですよ。実際魯山人に招かれいっしょにすき焼きを食べた高名な文筆家は「なんてもったいない食べ方だと思った」と後に回想していますね。
素人の道楽、魯山人自身もそう言ってますね。
彼自身がすき焼きという食べ方を否定していたからなのかもしれないですね
料理の鉄人の鉄人にも道が繋がっているので日本料理の質の向上に大きく寄与した厳しい人間だと思います。
女に甘く、弱いものに強い。北大路魯山人の評価にそんな一面があるのは、事実。海原雄山も大した男じゃない。
亡くなられた原因が「肝臓ジストマ」。タニシをレアにして食したと以前に聞いた。淡水魚等は必ずきちんと火入れしないといけない。それは当時でも知られていたと思うんです。それでも美味しいものを食べたかったのだなって。実際、タニシの味噌汁は朝ご飯に馴染みが深いそうです。今ならしじみ汁なんかなー
ただ魯山人は、”ろくろ”は使えませんでした。職人に”ろくろ”で器・花瓶等を作らせ、それ等を自分の好みに手直ししていました。魯山人の器、20品位持っています。
コメントありがとうございます!なるほど、ろくろが使えないというのは知りませんでした。魯山人の器を20品も持っているのは凄いコレクションですね!
1:22 自分もつつじを見て美しいと感じたり美味しいと感じるけど、魯山人はもっと美しいと感じたのかもしれない。そして、その魯山人が感じた美しさを他者にもいくらか分かるようにしてくれたのかもしれない。
愛を受けずに育ったから歪んでしまった人でしたからね、晩年は夜にやってた安っぽいホームドラマを見ながら号泣してたらしいです。
作中で海原雄山は魯山人を知っているという描写があるが、オリジナリティを最重要視する芸術家が、昔の北大路魯山人の主催した美食倶楽部と同じ名前をつけるだろうかとずっと疑問に思っていた。
作者が大して考えてないんやろ。風評被害振り撒く程度の人間やで。あの作者は。
ちなみに魯山人の一番弟子の方がトリビアの泉に出ていましたね何のカップラーメンのスープが冷飯に合うかって検証で
料理王国読んでいます。なかなかよい茶漬けが作れそうです。鰹節って削る物なんですね。
ピカソを怒鳴り付けた唯一の日本人 (笑)
魯山人の著書をちょっと読んだことあります、マグロのお茶漬けについて美味しいのかもしれないけど、出来ない。
一般論ですが幼少期の育てられ方がその後の性格形成に大きな影響を与えたんではないでしょうか❓親の躾とか大事だよなぁ。
魯山人の生い立ちに関して、私の持っている書籍では単に不義の子としか書かれていなかったのでいまいちよく分からなかったのですがこちらの解説で納得しました。しかしまあ、言ってみればDQNな母親じゃなかったら魯山人もこうはならなかったのかと思うと(順境に育ってれば神主になってた可能性もありますし)歴史の妙を感じますね。
鰻は、養殖よりも天然のが旨いには、、異論有りです。魯山人は、本当に管理されて養殖された鰻を、知らなかった…で、しょうね。魯山人の時代の鰻養殖と、現代の鰻養殖レベルは、違います。それだけ日本の養殖産業は、成長してます。
コメントありがとうございます!それは間違いないですね!魯山人の時代は7、80年前なので現在の養殖技術は当時に比べてはるかに進化していますよね。
丁稚を経て苦労の末に芸術界で成り上がったとは聞いてたけど、こんな不幸な生い立ちだったとは。動画中でもご指摘通り、その反動が悪名高い、彼の性格の悪さ・独善・傲岸さの元だったようにも見える。友人や盟友まで平気で罵倒し、使用人も些細な理由でしょっちゅうクビにし、結婚生活も家族とも破綻。人間国宝にまで上り詰め、「美の追求」「表現への貪欲さ」を貫いたとしても、それ以前に人間的次元ではアレだったようで。あるいは、そういう人間だったからこそ、狭く偏った界隈では上り詰められたのか。社会性・対人関係性に難のある、発達障害とか自閉症スペクトラムとかだったのかも。
死ぬまで北大路魯山人を貫きとうした正真正銘の漢だぜ痺れるぜ
魯山人すき焼きの話し好きです。
美味しんぼで一番美味しそうな飯は、魯山人の昼食とお茶漬けだと思う今日此の頃。魯山人と比べると暖かい?家族、自分の城、嫁さん一筋と雄山恵まれてるなぁと思ってしまうwwww
青空文庫の彼のエッセイを全部読んだが、人間的にはあまり尊敬できる人ではなかったようですね。
魯山人風すき焼きとしゃぶスキー。
魯山人の解説的にはちょっと足りないかな(´・ω・`)
鮭を生で食べるのが好きで、胃は寄生虫だらけだったと死後に分かったと言うエピソードがこの人は本当に美食家だったんだなぁ?と思いました(体が痛いはずなのに)😅
コメントありがとうございます!魯山人の死因として有力な説は鮭の寄生虫であるアニサキスではなく、鯉や鮒を刺身で食べたことによる肝吸虫(肝臓ジストマ)ではないでしょうか?肝吸虫の潜伏期間は数か月から数年となっており、この長い潜伏期間故に魯山人も鯉や鮒を生で食べてはいけないと気付けなかったと思われます。ソースとしては心もとないものではありますが、俗説として魯山人の死因について言及しているwikiのリンクを張っておきます。ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%9D%E5%90%B8%E8%99%AB
タニシの食べすぎ?
@@dott6795 タニシは火を通し過ぎると美味しくないと半生で食べていたそうです。
タニシと聞いてます
田螺は半生がうまいんだと食ってたと
粉わさびにはびっくりしますた
ただの言い訳する食わず嫌いって言ってたよ。認知症のお爺さんが
美食なんて輩はロッパもそうだが、病的なのがいけない。
現代の書家から言わせれば「商品をたくさん作った人」。つまり美術品としては……。美食家としても寿司屋で板さんに叱られる程度。つまり寿司の食い方を知らない。
令和のカップラーメン食わせたらうめーうめー言うんだけどな
お墓は荒れ放題だそうです…身内も生きてる時の関係者も誰も来ないらしい。
コメントありがとうございます!性格に難があったとはいえ、成功して名声を手に入れても人間関係は破綻していたというのはやはり人生は難しいですね。
ガセじゃないですかね。南千住の小谷墓地にお墓あるけど、特段荒れてる様子もないようですし。魯山人のお孫さんの一人は、魯山人と親交のあった陶芸家の荒川豊蔵に弟子入りして独立して陶芸家やってますよ。
生い立ちが関係しているのかも知れませんが、魯山人は威張った大人が嫌いで、子供に優しかったそうです。
雄山との決定的な違いは「妻(女)の質」の差だろうね
周りにもかく能書のみうんちく人ようおる、お前が作ってみろと板さんにくらされたの思い出す
生い立ちが複雑で 苦労もしているので 写真を見る限り 寂しそうで 優しい目をしてますね😊 (でも ガチB型人間って感じ😅)
北大路欣也
頑固親父やな。
魯山人に悲しい過去😢
海原はんが被れるわけや。。
オオサンショウウオを食べた偉人
身を割った時に山椒の香りがするからサンショウウオ、らしく 相当な珍味(美味?)らしいの(・ω・)🦎
5000兆人!頑張れ!
まず、1000人突破から頑張っていきます!
北大路魯山人………作りたての豆腐を揚げて、揚げ出し豆腐。それを炭火で焼き網目の付いた揚げ出し豆腐に大根おろしをかけ、「雪虎」と食したとTVで見た
雪は大根おろしで虎は竹林を表す緑の九条ネギ片手落ち
きくち正太先生の「瑠璃と料理の王様と」読んだほうが解りやすいかと。
yoshi
煙草吸う料理人は,駄目?ただ原作者が嫌いなだけワインの利き酒師や香水の調合師は,煙草を吸ったら仕事を失う?煙草だって調合する煙草の調合師は最強の味覚の持ち主,かの鉄人道場六三郎も煙草を吸っていた😂
タニシ喰って食中毒で亡くなった爺さん
魯山人は物語に出ているのでモデルは,開高健だと思っていた
「美味しんぼ」は嫌いな漫画です。海原雄山も山岡士郎も大嫌いなので、きっと魯山人も嫌いな人物だと思います。自分の口は、自分だけの物。魯山人だろうが、山岡だろうが、海原だろうが、私の口には関りがない。あの押し付けがましい、うっとおしい連中が本当にいたら、私は絶対に近寄らない。
愚か者は食を語る
魯山人の書いた本を読んだことがあります。マジ海原雄山だったので笑いました。
千利休にしろ古田織部にしろデザインやテーマを考案してもお抱えの陶工に作らせていたのに自分で作っていたとはなぁなかなかいないぞ。
彼が若い頃、1度だけ母に会いに行くんだけどつれなくされてしまうんだよ、辛かっただろうね。
魯山人の生い立ちを初めて知りました。魯山人シリーズを楽しみにしております。
上手く表現出来なくて申し訳ないが、雁屋哲は美味しんぼの連載当初、「旧世代の権威」の象徴として北大路魯山人をモデルとした海原雄山を、そして「権威に反抗する新世代」の象徴として自身をモデルにした山岡士郎というキャラクターをそれぞれ考案したのかなあと思っている。
皮肉なことに雁屋氏が歳を経るにつれ自分自身が「権威」になってしまい山岡が頑迷固陋なキャラに変貌しているという。
栗田さんとの新婚生活で栗田さんの料理にいちいちケチをつける山岡はそれがかつて自分が憎んだ父親と同じことをしている事に気がついていたのだろうか。
それも含めて読者に問いかけたのかと思います。奥が深い漫画だ。
ただ単に雁屋哲が年を取ったことで自己投影の対象が士郎から雄山に変わっただけではないでしょうか。
そして雄山ではできない「お茶目でひょうきん者」のキャラクターは同じく作中で異常にひいきされている富井が担っているというわけで。「業務命令だ」の一言で表せられる、大原をはじめとした上司たちの労働基準法を無視したパワハラ描写が増えだしたのが証拠です。ここからは推測なのですが、団社長が登場してからの士郎が周囲からのサンドバッグになり下がったのは、雁屋が子供たちと何かしらの埋められない溝が出来てしまったか、掲載誌のメイン読者の世代に対するヘイトを募らせていったかあるいはその両方なのか…という見方もできます
そして、権威に堕ちて鼻血で風評被害を振り撒いた、と。
昔 北大路魯山人 著作「星岡」の中に「だしの取り方」を読みました。
90年前は上級レベルの内容であったが 今では中級レベルでしかありません。
まぁ鰹節は格段に進歩しているから仕方がないが。
今でも関西の鰹節の出汁の取り方は中級レベル以下です。
関西は素材の低さを出汁で補うのに対し
関東は出汁は素材を活かし素材の良さを味わうためにあります。
なるほど、こうして説明されると海原雄山ですね。
これまで自分は、唐山陶人が魯山人のポジションだと思ってました。
登録しました😊
美味しんぼファンです。
”魯山人風すきやき”を見て、こちらの配信に来させていただきました。
ますます”美味しんぼ”ファンになりました♪ありがとうございます!!!
言う
この人が実際にやっていたすき焼きの食べ方は「ネットで出てくる魯山人式すき焼き」とは多少異なり、まず割り下で肉を少量焼いて食べ、次に他の具材を少量焼いて食べ、それが済むと一旦その材料の旨味の出た割り下を「ぜんぶ捨てて」、新たに鍋に割り下を入れて同じ食べ方を繰り返す、ということをやっていました。わたしからしたら噴飯ものの道楽者ですよ。実際魯山人に招かれいっしょにすき焼きを食べた高名な文筆家は「なんてもったいない食べ方だと思った」と後に回想していますね。
素人の道楽、魯山人自身もそう言ってますね。
彼自身がすき焼きという食べ方を否定していたからなのかもしれないですね
料理の鉄人の鉄人にも道が繋がっているので日本料理の質の向上に大きく寄与した厳しい人間だと思います。
女に甘く、弱いものに強い。北大路魯山人の評価にそんな一面があるのは、事実。
海原雄山も大した男じゃない。
亡くなられた原因が「肝臓ジストマ」。
タニシをレアにして食したと以前に聞いた。
淡水魚等は必ずきちんと火入れしないといけない。
それは当時でも知られていたと思うんです。
それでも美味しいものを食べたかったのだなって。
実際、タニシの味噌汁は朝ご飯に馴染みが深いそうです。
今ならしじみ汁なんかなー
ただ魯山人は、”ろくろ”は使えませんでした。職人に”ろくろ”で器・花瓶等を作らせ、それ等を自分の好みに手直ししていました。魯山人の器、20品位持っています。
コメントありがとうございます!
なるほど、ろくろが使えないというのは知りませんでした。魯山人の器を20品も持っているのは凄いコレクションですね!
1:22 自分もつつじを見て美しいと感じたり美味しいと感じるけど、魯山人はもっと美しいと感じたのかもしれない。そして、その魯山人が感じた美しさを他者にもいくらか分かるようにしてくれたのかもしれない。
愛を受けずに育ったから歪んでしまった人でしたからね、晩年は夜にやってた安っぽいホームドラマを見ながら号泣してたらしいです。
作中で海原雄山は魯山人を知っているという描写があるが、オリジナリティを最重要視する芸術家が、昔の北大路魯山人の主催した美食倶楽部と同じ名前をつけるだろうかとずっと疑問に思っていた。
作者が大して考えてないんやろ。
風評被害振り撒く程度の人間やで。あの作者は。
ちなみに魯山人の一番弟子の方がトリビアの泉に出ていましたね
何のカップラーメンのスープが冷飯に合うかって検証で
料理王国読んでいます。なかなかよい茶漬けが作れそうです。鰹節って削る物なんですね。
ピカソを怒鳴り付けた唯一の日本人 (笑)
魯山人の著書をちょっと読んだことあります、マグロのお茶漬けについて
美味しいのかもしれないけど、出来ない。
一般論ですが幼少期の育てられ方がその後の性格形成に大きな影響を与えたんではないでしょうか❓親の躾とか大事だよなぁ。
魯山人の生い立ちに関して、私の持っている書籍では単に不義の子としか書かれていなかったので
いまいちよく分からなかったのですがこちらの解説で納得しました。
しかしまあ、言ってみればDQNな母親じゃなかったら魯山人もこうはならなかったのかと思うと
(順境に育ってれば神主になってた可能性もありますし)歴史の妙を感じますね。
鰻は、養殖よりも天然のが旨いには、、異論有りです。魯山人は、本当に管理されて養殖された鰻を、知らなかった…で、しょうね。魯山人の時代の鰻養殖と、現代の鰻養殖レベルは、違います。それだけ日本の養殖産業は、成長してます。
コメントありがとうございます!
それは間違いないですね!魯山人の時代は7、80年前なので現在の養殖技術は当時に比べてはるかに進化していますよね。
丁稚を経て苦労の末に芸術界で成り上がったとは聞いてたけど、こんな不幸な生い立ちだったとは。
動画中でもご指摘通り、その反動が悪名高い、彼の性格の悪さ・独善・傲岸さの元だったようにも見える。
友人や盟友まで平気で罵倒し、使用人も些細な理由でしょっちゅうクビにし、結婚生活も家族とも破綻。人間国宝にまで上り詰め、「美の追求」「表現への貪欲さ」を貫いたとしても、それ以前に人間的次元ではアレだったようで。
あるいは、そういう人間だったからこそ、狭く偏った界隈では上り詰められたのか。社会性・対人関係性に難のある、発達障害とか自閉症スペクトラムとかだったのかも。
死ぬまで
北大路魯山人を
貫きとうした
正真正銘の
漢だぜ
痺れるぜ
魯山人すき焼きの話し好きです。
美味しんぼで一番美味しそうな飯は、魯山人の昼食とお茶漬けだと思う今日此の頃。魯山人と比べると暖かい?家族、自分の城、嫁さん一筋と雄山恵まれてるなぁと思ってしまうwwww
青空文庫の彼のエッセイを全部読んだが、人間的にはあまり尊敬できる人ではなかったようですね。
魯山人風すき焼きとしゃぶスキー。
魯山人の解説的にはちょっと足りないかな(´・ω・`)
鮭を生で食べるのが好きで、胃は寄生虫だらけだったと死後に分かったと言うエピソードがこの人は本当に美食家だったんだなぁ?と思いました(体が痛いはずなのに)😅
コメントありがとうございます!
魯山人の死因として有力な説は鮭の寄生虫であるアニサキスではなく、鯉や鮒を刺身で食べたことによる肝吸虫(肝臓ジストマ)ではないでしょうか?
肝吸虫の潜伏期間は数か月から数年となっており、この長い潜伏期間故に魯山人も鯉や鮒を生で食べてはいけないと気付けなかったと思われます。
ソースとしては心もとないものではありますが、俗説として魯山人の死因について言及しているwikiのリンクを張っておきます。
ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%9D%E5%90%B8%E8%99%AB
タニシの食べすぎ?
@@dott6795 タニシは火を通し過ぎると美味しくないと半生で食べていたそうです。
タニシと聞いてます
田螺は半生がうまいんだと食ってたと
粉わさびにはびっくりしますた
ただの言い訳する食わず嫌いって言ってたよ。
認知症のお爺さんが
美食なんて輩はロッパもそうだが、病的なのがいけない。
現代の書家から言わせれば「商品をたくさん作った人」。つまり美術品としては……。美食家としても寿司屋で板さんに叱られる程度。つまり寿司の食い方を知らない。
令和のカップラーメン食わせたらうめーうめー言うんだけどな
お墓は荒れ放題だそうです…身内も生きてる時の関係者も誰も来ないらしい。
コメントありがとうございます!
性格に難があったとはいえ、成功して名声を手に入れても人間関係は破綻していたというのはやはり人生は難しいですね。
ガセじゃないですかね。
南千住の小谷墓地にお墓あるけど、特段荒れてる様子もないようですし。
魯山人のお孫さんの一人は、魯山人と親交のあった陶芸家の荒川豊蔵に弟子入りして独立して陶芸家やってますよ。
生い立ちが関係しているのかも知れませんが、魯山人は威張った大人が嫌いで、子供に優しかったそうです。
雄山との決定的な違いは「妻(女)の質」の差だろうね
周りにもかく能書のみうんちく人ようおる、お前が作ってみろと板さんにくらされたの思い出す
生い立ちが複雑で 苦労もしているので 写真を見る限り 寂しそうで 優しい目をしてますね😊 (でも ガチB型人間って感じ😅)
北大路欣也
頑固親父やな。
魯山人に悲しい過去😢
海原はんが被れるわけや。。
オオサンショウウオを食べた偉人
身を割った時に山椒の香りがするからサンショウウオ、らしく 相当な珍味(美味?)らしいの(・ω・)🦎
5000兆人!頑張れ!
まず、1000人突破から頑張っていきます!
北大路魯山人………作りたての豆腐を揚げて、揚げ出し豆腐。それを炭火で焼き網目の付いた揚げ出し豆腐に大根おろしをかけ、「雪虎」と食したとTVで見た
雪は大根おろしで虎は竹林を表す緑の九条ネギ
片手落ち
きくち正太先生の「瑠璃と料理の王様と」
読んだほうが解りやすいかと。
yoshi
煙草吸う料理人は,駄目?ただ原作者が嫌いなだけワインの利き酒師や香水の調合師は,煙草を吸ったら仕事を失う?煙草だって調合する煙草の調合師は最強の味覚の持ち主,かの鉄人道場六三郎も煙草を吸っていた😂
タニシ喰って食中毒で亡くなった爺さん
魯山人は物語に出ているのでモデルは,開高健だと思っていた
「美味しんぼ」は嫌いな漫画です。
海原雄山も山岡士郎も大嫌いなので、きっと魯山人も嫌いな人物だと思います。
自分の口は、自分だけの物。
魯山人だろうが、山岡だろうが、海原だろうが、私の口には関りがない。
あの押し付けがましい、うっとおしい連中が本当にいたら、私は絶対に近寄らない。
愚か者は食を語る